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イメージトレーニングの玉手箱


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ぶろぐ?

 うーむ。地球は温暖化じゃなくて、絶対、熱帯化してるんだ。
 アヂイ!
 あ、でも、現在真冬の南半球では、超寒冷地域が増えているらしいから、地球が熱帯化してるんじゃなくて、期間限定で北半球と南半球の気候が、熱帯化と寒冷化の両方を行ったり来たりしてるんだ…ということにしておこう。
 残暑はまだまだ続くよどこまでも、である。
 えー、いきなり天気のはなしではじまって、それで終わってしまうのもなんなので、最近知り合ったとてもユニークな人間を紹介してみよう。

 広告の世界に「サイン」という業態がある。
 これは、例えば「看板」をメインにした広告媒体だ。
 街を歩けば、あちらこちらに様々な業種の看板が見受けられる。あるいは、ビルの壁面にかかっているネオンや、大画面モニター。そういう、店舗や会社や何らかのプロモーションを告知する媒体を総称して、「サイン」と呼ぶ。その「サイン」業界で、独自な活躍をしている人物がいる。
 アイワ広告株式会社という社員50名ほどの社員を率いている、小山雅明社長である。
 先日、ふとしたきっかけで知り合ったのであるが、なんだかユニークな考え方の持ち主なのである。
 まず、「看板は、科学的な思考で作って設置すれば、店舗の売り上げは急激にあがる!」と、堂々と言い切る。その科学的な思考、というのが面白い。
 人間は、道を歩いていてある店舗の看板を発見し、それを認識して入店するかどうか決定するまで、頭の中でおおよそ7秒かかる、という仮説を立てたのである。で、その仮説に基づき、道路上から7秒前に店の看板が見えるように改善したところ、ことごとく売り上げが10パーセントから25パーセントアップした、というのである。
 小山社長の「科学的思考」はこれで終わらない。
「売り上げアップは、店の発見確率×魅力確率×誘導確率のかけ算で決まる。看板やサインは、そのすべての確率をアップさせるものでなければいけない!」「看板は、人間の感性を科学して作らなければいけない。その感性というのは、作り手の感性ではなく、お客さまの目線で考えた感性でなくてはならない」…などと、徹底したお客さま目線、というのか、そういうところを立脚して物事を考えていくのである。これらの考え方を本にもしているが、読んでみたら、ふーん、と思う事が結構あって、なかなか面白かった。
 で、そういう考え方を社員に徹底するため、とにかく社員教育が凄いのである。
 何が凄いかって、小山社長が私に言ったこんな言葉を聞けばわかると思う。
「坂本竜馬だとか、チェ・ゲバラだとか、そういった社会を自ら変革しようとして人生をまっとうした人間を作りたいんだよね。志の問題でね。自分と周囲しか見えない視野の狭い人間じゃなく、大きな視野で人生そのものを作って、社会に参加できるような、そんな社員を作りたいと思っているんだ。だから、それを、仕事を通して実現できるよう、会社では社員教育は徹底的にやっているんだよ。タカイチさんもやってみる?」

 うーむ。ひとくちに看板と言っても、その奥行きは広いものだ。いや、その仕事にどういう思想でどういう方法で携わっていくのか、という、その人間の度量が、仕事そのものの性質を変えてしまうんだなあ、…なんて、暑さでヘロヘロしながら私は思うのであった。ちなみにこの社長、私より4歳年上なんである。いや、意味はないんだけど。
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2010/ 8/24(Tue) 15:58:28
 精一杯大人びたふりの高校生を見て、あー、いいなあ、きみたちの前途は明るいか暗いかわからないけど、とにかく未来はこれからなんだぜ、と、暑さでシュワシュワになりかけた私は、彼らを眩しく思いながら、ヨロヨロと水道橋駅西口のエクシオーレカフェに入り、アイスカフェモカを注文するのであった。
 二階喫煙席の一角に陣取り、アイスカフェモカをじゅるじゅると口に含み、フ〜と一息ついた私は、煙草に火をつけるのだ。
 指先の間に挟んだ煙草から立ち上る煙を眺めながら、ふと思い出したことがある。
 高校二年生の夏休みのことだ。
 いや、いまじゃシュワシュワになりかけてはいるが、私にだって17歳の時代があったのだ。

 私が通っていた高校は、一クラス65人で一学年に12クラスあったバカデカ学校であった。つまり、一学年が780人で、全校で2340人もの生徒がひとつの(正確に言うと二つに分かれていたが)校舎に詰め込まれていたのである。
 おお!こうやって改めて書いてみると、これはけっこう不気味であるなあ。2000人を超える高校生が、それなりの敷地はあるとはいえ、一カ所に集められ、朝から夕方まで同じ時間を過ごしているのだ。うーむ。なんだかコワイ。
 いやいや、いまは私の夏休みの思い出のはなしであった。
 
 夏休み前、教室で何人かの同級生たちと夏休みの予定についてのたわいない会話をしていた。そのとき、何のきっかけでそういうはなしになったのかさっぱり思い出せないのだが、私はその場にいた同級生と一週間ほど旅行に行くことに決まったのであった。で、八月に入ってすぐ、私はその同級生(サトウくん)と一緒に、長野県の白馬に行ったのである。
 白馬での一週間は楽しかった。同じペンションには、大阪からやってきた高校二年生の男3人組と、群馬県からやってきた高校三年生の女4人組、それに、京都から来た高校三年生の女の子(彼女は女子大生の家庭教師と一緒だった)が、ほぼ私たちと同じ期間ペンションに滞在していて、同年齢ということもあり、私たちはすぐに打ち解け昼間も夜も行動を共にし、いまから考えればなんとまあ正しい青春を謳歌していたのであった。
 特に、群馬県からやってきた高校三年生のお姉さん4人組は、それぞれ別の魅力のある美人ぞろいで、私とサトウくんは、まるで常夜灯に引き寄せられる蛾のようにふらふらとお姉さんたちの側に張り付き、カワイイ弟の役回りを演じるのであった。私とサトウくんは、楽しいね来てよかったね、と、互いの顔を見合わせながらグフフと笑いあった。そんなわたしたちのほほえましい様子を見ながら、本当にふたりは仲がいいのね、と、群馬県の美人お姉さんたちはウフフと笑い、その姿を見て私とサトウくんはますますグフフとなるのであった。

 いやあ、実に楽しい思い出である。いま考えても胸がきゅんきゅんするではないか。
 だが、これだけじゃ、よくある夏休みの友人との思い出でしかない。
 問題なのは、私とサトウくんが友人でもなんでもなかった、ということなのである。私とサトウくんは、夏休み前のあの教室での会話以前に、言葉を交わしたことがなかったのだ。そう、一度も。
 なにしろ、我が母校はバカデカ高校なのである。同級生が多すぎるのだ。自慢じゃないが、三年間通って、私なんぞ同級生全員の名前さえ覚えていないのだ。ましてや、別のクラスとなると、顔さえ覚えていない人間がほぼ8割になる。
 で、二年生の夏休み前、何人かの同級生とはなしをしていて、たまたまその場に私とサトウくんがいた、というわけなのだ。まったくそれまで言葉を交わしたこともなかったのに、どういうわけか一緒に旅行をすることになった。どうしてそうなったのかきっかけがわからないけど、まあ、その場のノリなんだろうなあ。
 そして、私たちは楽しい1週間を過ごし、再び別れたわけであった。
 二学期になって私とサトウくんは、親友になっていた…なんてはなしになると青春の美しい一ページ的エピソードなんだろうけど、夏休みの一週間を共にグフグフしていた私とサトウくんではあったが、二学期になってもまた言葉を交わさない単なる顔見知りの同級生に戻っていた、というおはなしでありました。
 そうなんだよなあ。私とサトウくんは、別に親友にならなかったし、それどころか単なるともだちにもならなかったんだよなあ。あの夏休みの一週間をのぞいては。

 不思議だよなあ、人と人の縁というものは。

 ところで、M高校に通っていたサトウくん。あの夏休みに心当たりがあるサトウくん。これを読んでいたら是非、メールください。あれから30年以上経ってしまったが、いまから遅まきながら、ともだちになろうよ。

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2010/ 8/ 2(Mon) 16:47:28
 おお、すまんすまん! オレの目が節穴であった。
 と、私、南アフリカ方面に向かって深く頭を垂れ、日本代表イレブンの果敢なサムライ・スピリットに敬意を表し、彼らがいままで見せていた、どちらかといえば臆病なほどの消極的プレイスタイルに切歯扼腕こっそり罵詈雑言的評価をしていた己の不明を深く恥じるのであった。
 もちろんサッカーW杯日本代表のはなしである。

 いや、正直に言うと、W杯直前になって突然フォーメーションと選手を変えたことに、おいおいいまさら変えてどうするんだ、一度も実戦で使っていないフォーメーションで戦うなんて、こりゃもうやけくそとしか思えんぞ…と、私、ため息ついてあきれたものである。
 ところがだ。このフォーメーションと選手起用があたったのなんの!

 うーむ。驚いた。
 冷静にいまのスターティング・メンバー構成を見ると、非常にバランスが取れているのがわかり、再び、すまんすまんと呟きながら、南アフリカ方面の空を見上げる午前5時20分の私なのであった。

 それにしても、いままでやってきたことがうまくいかなかったら、えいやとばかりに全く新しいことにチャレンジする勇気こそが、物事を打開する唯一の方法である、ということを、オレは今までの人生でモットーにしてきたはずなのに、今回の日本代表の直前戦術変更に対し否定的に見ていた自分に、うむむな気分で反省するのである。岡田監督は、戦術家としての能力はそれほどないように感じるが、世界を変えようとするチャレンジャーとしての勇気と頑固な信念は、恐るべし!なのだ。

 そうなのである。どれほど慣れ親しんだことであっても、それで物事が停滞し後退するのであれば、勇気を持って新しいことにチャレンジしてこそ、世界は変わるのだ。

 ああ、まだまだW杯は終わらないぞ。負けちゃってもいいから、とにかく、ひとりひとりが最高のパフォーマンスを魅せてほしいものである。

 ガンバレ、ニッポン!

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2010/ 6/26(Sat) 01:52:12
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なりたいわたしのつくりかた(保管展示図書室)
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 本サイトは、イメージトレーニングで人生に奇跡を呼込んでしまおうではないか、という、その言葉だけ読めば、なんだか胡散臭いテーマをひっそりと掲げた、しかし直球一直線なサイトなのであります。

 本サイトの運営者は、タカイチアラタというこれまた胡散臭い男でありまして、元々は映像作家なんぞやっていたのですが、映像制作の現場から世の中の様々な現象なんかをみちゃったものだから、

「け、人生に勝ちも負けもないんだぜ。勝ち組だとか負け組だとか、あんまりふざけたことばかり言ってるんじゃないよ。どんな人生だって人生に変わりはないんだぜ。大事なことは、自分の人生をウソ偽りなくどう生きていくのか、ってことじゃないのかい、え、どうなんだ?」

 と、やぶにらみ的やさぐれた考えを持ってしまい、突如としてイメージトレーニングのサイトを開設してしまったのであります。えーと、それが、2000年6月のことでありました。

 やさぐれてイメージトレーニングだなんて、よく意味がわかりませんが、タカイチアラタに言わせると、

人間にとって大切なことは、想像力を働かせることさ。自分の人生を想像し、世の中を想像し、他人の人生をも想像する…こうやって想像力を充分に働かせれば、人は、自分で思った以上に幸福な生き方を自ら作り出すことができるんだ」

 と、なるらしい。だから、イメージトレーニングは大切だ、ってこと。

 人生に幸福を求めるのは、誰もが望んでいることですからね。ただ、他人の幸福を見て羨んでいたって、自分が幸福になれるわけじゃない。自分が幸福になりたいのであれば、自分の幸福を自分で作り出さなければならない。結局は、自分自身がどういう生き方を望み、その生き方を実現するために、自分をどう変えていかなければならないのか、ってことを、真摯に追求していく必要があるわけです。

 そのためのヒントとなるようなイメージトレーニングが、このサイトには盛り沢山に用意されています。

 イメージトレーニングについての基本的な考え方、やり方については、タカイチアラタの元に寄せられた数多くの質問にまとめて答えた、

 を読んでいただければわかると思います。
 
 また、想像力を高めるためには、右脳的能力や発想力を鍛えることも大事、ってことで、こんなコンテンツまであるのです。

 で、こんなサイトを開設してうだうだやっていたばかりに、タカイチアラタは何冊もの本を書いて出版してしまっているのですが、どの本も、いやはや一筋縄ではいかない内容となっているのであります。

 いってみれば、エンタメ自己啓発書、とでも申しましょうか、人生をよりよくするためのイメージトレーニングをエンターテインメントと融合させてひとつの物語を作っている、といいますか、まあこれだけじゃなんのことやらわからないでしょうから、是非、読んでみてください。賛否両論があるのは重々承知のこと。でも、面白いよ。

 えーと、現在のタカイチアラタの考え方とは若干異なる部分もありますが、タカイチアラタのイメトレに関する原点という意味で、かつて発行していたメールマガジンも、バックナンバーで用意してあります。

 これとは逆に、現在までのイメトレの集大成といいますか、イメージトレーニングの(現時点における)最高峰とでもいいましょうか、イメトレを「人生における成功」に絞ってプログラム化した、

 こういう有料講座なんかも行っております。

 他にも、各種イメージトレーニング講座やイメトレCDも取り扱っている


 なんてものもありまして、おかげさまで大好評をいただいているのであります。

 あと、タカイチアラタが個人的に興味のあるサイトだとか様々なお役立ちサイトなんかを集めたリンク集、

 当サイトの公式掲示板

 非公式掲示板(というか、友人の掲示板)、

 なんてものもご用意いたしておりますことよ。

 どうぞみなさま、ゆっくりとお楽しみください。