本サイトは、イメージトレーニングで人生に奇跡を呼込んでしまおうではないか、という、その言葉だけ読めば、なんだか胡散臭いテーマをひっそりと掲げた、しかし直球一直線なサイトなのであります。
本サイトの運営者は、タカイチアラタというこれまた胡散臭い男でありまして、元々は映像作家なんぞやっていたのですが、映像制作の現場から世の中の様々な現象なんかをみちゃったものだから、
「け、人生に勝ちも負けもないんだぜ。勝ち組だとか負け組だとか、あんまりふざけたことばかり言ってるんじゃないよ。どんな人生だって人生に変わりはないんだぜ。大事なことは、自分の人生をウソ偽りなくどう生きていくのか、ってことじゃないのかい、え、どうなんだ?」
と、やぶにらみ的やさぐれた考えを持ってしまい、突如としてイメージトレーニングのサイトを開設してしまったのであります。えーと、それが、2000年6月のことでありました。
やさぐれてイメージトレーニングだなんて、よく意味がわかりませんが、タカイチアラタに言わせると、
「人間にとって大切なことは、想像力を働かせることさ。自分の人生を想像し、世の中を想像し、他人の人生をも想像する…こうやって想像力を充分に働かせれば、人は、自分で思った以上に幸福な生き方を自ら作り出すことができるんだ」
と、なるらしい。だから、イメージトレーニングは大切だ、ってこと。
人生に幸福を求めるのは、誰もが望んでいることですからね。ただ、他人の幸福を見て羨んでいたって、自分が幸福になれるわけじゃない。自分が幸福になりたいのであれば、自分の幸福を自分で作り出さなければならない。結局は、自分自身がどういう生き方を望み、その生き方を実現するために、自分をどう変えていかなければならないのか、ってことを、真摯に追求していく必要があるわけです。
そのためのヒントとなるようなイメージトレーニングが、このサイトには盛り沢山に用意されています。
イメージトレーニングについての基本的な考え方、やり方については、タカイチアラタの元に寄せられた数多くの質問にまとめて答えた、
を読んでいただければわかると思います。
また、想像力を高めるためには、右脳的能力や発想力を鍛えることも大事、ってことで、こんなコンテンツまであるのです。
で、こんなサイトを開設してうだうだやっていたばかりに、タカイチアラタは何冊もの本を書いて出版してしまっているのですが、どの本も、いやはや一筋縄ではいかない内容となっているのであります。
いってみれば、エンタメ自己啓発書、とでも申しましょうか、人生をよりよくするためのイメージトレーニングをエンターテインメントと融合させてひとつの物語を作っている、といいますか、まあこれだけじゃなんのことやらわからないでしょうから、是非、読んでみてください。賛否両論があるのは重々承知のこと。でも、面白いよ。
えーと、現在のタカイチアラタの考え方とは若干異なる部分もありますが、タカイチアラタのイメトレに関する原点という意味で、かつて発行していたメールマガジンも、バックナンバーで用意してあります。
これとは逆に、現在までのイメトレの集大成といいますか、イメージトレーニングの(現時点における)最高峰とでもいいましょうか、イメトレを「人生における成功」に絞ってプログラム化した、
こういう有料講座なんかも行っております。
他にも、各種イメージトレーニング講座やイメトレCDも取り扱っている なんてものもありまして、おかげさまで大好評をいただいているのであります。
あと、タカイチアラタが個人的に興味のあるサイトだとか様々なお役立ちサイトなんかを集めたリンク集、
当サイトの公式掲示板
非公式掲示板(というか、友人の掲示板)、
なんてものもご用意いたしておりますことよ。
どうぞみなさま、ゆっくりとお楽しみください。
その中に、何日も満足な食事が与えられず、飢えて骨と皮だけになって、いまにも死が降り注いできてもおかしくない状況であるにもかかわらず、自分よりももっと弱っている(と、本人が思った)人間に、何日ぶりかでようやく手に入れた小さなジャガイモを、逡巡なしに与える人のエピソードが出てくる。
その反対に、自らの命のみを生き長らえさせようとして、強制収容所を監督するナチス将校に取り入り、同胞であるユダヤ人を密告したり売ったり、配給される食物を奪い取ったり、仲間に暴力をふるったり、という種類の人間たちのエピソードも出てくる。
そのような環境で、フランクルは、「ナチスの中にも、尊敬に値する人間が少ないながらもいるし、ユダヤ人の中にも、唾棄すべき行動で軽蔑にさえ値しない人間もいる。実際の話、収容所内でもっとも最悪な人々は、仲間を売り、無慈悲な痛みを与えるユダヤ人だったのだ」として、「人間の価値は、人種や地位や立場や財力にあるのではない。人としての誇りを持って生きようとするか、そうでないかで、人間の価値が決まる」ということを発見した。
そして、こう断言するのだ。「人生に期待するのではなく、あなたが人生から期待されているのである」
今回の大震災の被災地の現場で、ようやく配給された一個のおにぎりを、別の人に分け与えていたおばちゃんをテレビ報道で見た。「わたしなんかより、もっとひもじい思いをしてるでしょ? 助けあわなきゃねえ」
津波で流され、瓦礫となった家の中から救出されたおじいちゃんが、「チリ津波も経験しているから大丈夫。また、みんなで頑張ろうね。大丈夫よ、大丈夫」と、笑顔で取材する記者に答え、逆に記者をねぎらう姿も見た。
逆に、災害現場泥棒の報道も知る。壊れた民家を漁って金品を盗むケースが、少なからずあるという。信用金庫からは4000万円盗まれたらしい。そのいじましさと卑しさ。
フランクルが強制収容所の中で体験したことと同じことが、今回の被災地でも起こっている。人間の価値、人の尊厳が、むき出しの惨禍の中から現れてくる。
人生に期待するのではなく、あなたが人生から期待されているのである。
この言葉の意味を、もう一度知った。
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